Interview
神栖済生会病院 副院長
筑波大学医学医療系 神栖地域医療教育センター部長
西 功 (にし いさお)様
私の出身は東京都ですが、幼少期からは茨城県の牛久市で育ちました。小・中・高校と茨城県で過ごして、大学は佐賀医科大学(現・佐賀大学医学部)へ進学しました。卒業後は、地元に戻り、筑波大学の内科に入局しました。2年間の内科研修を経て、興味のあった循環器コースを専門分野に選択。そこから循環器内科医としての道がスタートしています。県内にある関連病院を回りながら、臨床の経験を積んでいきました。
医師になって7年目からは大学院に通い、修了後は循環器疾患のさまざまな症例を担当し、筑波記念病院では心臓リハビリ部門を立ち上げたほか、心臓移植前の患者さんの心臓リハビリ診療も経験しました。
これまで県内外の様々な医療機関に勤めた中で、鹿行地域との最初の縁は、なめがた地域総合病院(現・なめがた地域医療センター)への赴任でした。赴任時は内科医が5名と少なく、約3年間循環器を中心に診療を行う中で、鹿行地域の医療事情の厳しさを実感したことを覚えています。その後、2019年の4月に、現在副院長を務める神栖済生会病院に赴任となりました。その年は鹿島労災病院が神栖済生会病院と再編統合された年でもあります。子供のころ大きな病院だと記憶していた鹿島労災病院が統合されるということで、依然として厳しい医療事情を抱えていることを感じましたが、だからこそ、医師としてここで自分にできることをしたいと思うようになったのです。神栖市では様々な取り組みを通じて貴重な経験ができる、といった先輩医師たちの声も後押しになりました。
神栖市で勤務するようになって感じたことは、この地域の患者さんたちの我慢強さでした。良い点でもありますが、それが医療の面では悪い結果につながってしまうこともあります。例えば、心臓疾患の一つである狭心症は、発症すると胸が痛くなる症状が出ます。「少し胸が痛い気がする」という段階で病院に来ていただければ早期治療ができるのですが、実際には我慢される方が多くて、痛みに耐えながら自宅で過ごしてしまう。その結果、狭心症からさらに症状が悪化した虚血性心筋症になってしまう方が少なくありません。時には、心不全を呈するような段階まで進行してしまうこともあります。病気が疑われた時点で受診してくれていたらと思うと、疾患を理解してもらうこと、早期の受診を促すことの大切さを実感します。
また、地域としては喫煙率の高さも課題です。心筋梗塞や心疾患の原因には喫煙や高血圧が関わっていますので、行政と協力しながら、病気を未然に防ぐための啓蒙活動に積極的に取り組んでいく必要があると考えています。私が赴任してから当院で公開市民講座を開催しましたが、コロナ禍で一時的に中断しているため、時期を見て再開させたいと思っています。医療者が潤沢ではない地域だからこそ、医療者を集める施策と並行して、予防する方策の取り組みが必要だと考えています。
私は現在、筑波大学と神栖済生会病院の2か所で勤務しているため、つくば市と神栖市を行き来しながら過ごしています。釣りが大好きなので、神栖市のような海が近い環境は魅力的です。少し車で走れば波崎のきれいな海があります。同じようにアウトドアの趣味がある方や、自然が好きな方にはおすすめの地域です。雪があまり降らず、一年を通して温暖なところも暮らしやすさの秘訣だと思っています。
医療面から地域を見ると、鹿行地域は急性期を扱っている病院が非常に少なく、また、医師不足も問題になっています。その中で当院は急性期の患者さんを受け入れる中核病院としての役割を担っており、比較的遠くからの救急搬送も多く、様々な症状の方が集まってくることが特徴の一つでもあります。他の地域と比べて医師が少ないため、自分の専門分野に限らず、専門外についても初期診断に関わり、さまざまな患者さんを診る機会があります。専門科が多いと携わることがないであろう症例も、ここでは経験できる機会があり、それが医師としての経験値、基礎力を身に付ける勉強になるのです。
症例が豊富で多くの経験を積めることが魅力だと感じている医学生や研修医は多くいるように感じていますが、私はただ経験を積むだけではなく、“考えられる医療者”になってもらいたいと思っています。なぜ検査をするのか、どんな治療をすべきなのか。患者さんの状態やバックグラウンドから考えて、治療のための次の一手を打っていけるような医師になってほしいですね。神栖市では地域特性を生かした研修や勉強会が開かれています。今年からは臨海コンビナートで発生した労働災害への対応を学ぶ場として、熱傷・薬傷症例検討会も始まりました。地域のためにできることを考え、学ぶチャンスが多いことも神栖市で働く魅力の一つだと思います。
私の将来的な目標は、市民のみなさんへの啓蒙活動と併せて、迫り来る心不全パンデミックに備えることです。神栖市の高齢化はまだそこまで進んではいないのですが、今後全国的に、高齢化に伴って心不全の患者さんが増えると予想されています。心不全になったとしても自宅でクオリティが高い生活を送れるよう、薬物治療やリハビリテーションなど、一助になるような診療に力を入れていきたいと考えています。地域で暮らすみなさんにできるだけ元気に過ごしてもらえるように、平均寿命と健康寿命を近づけていくことが目標です。
神栖市の人口は約9万5000人ですが、鹿島臨海工業地帯で勤務する労働者の数も含めるともっと多くの人々がここでの医療を必要としていると思います。そのため、この地域における医師不足は深刻です。そうした状況にあるからこそ、市全体で若い医師を歓迎し、やりたいことに自由にチャレンジできる雰囲気があります。
若いうちに、いわゆる医療過疎地での診療を経験することや、行政と医療機関が協力しながら進める「神栖市若手医師きらっせプロジェクト」のような取り組みに携わることは、多くの経験や学びに繋がる貴重な機会だと思います。